小説です

飯橋武寿(いいはし たけとし)です。グーブログから引っ越して来ました。

村 (最終章 8)

   その時、来栖家にやって来たのは、年の頃はアレックスと同じ、二十五、六歳の青年だった。彼の名前は大津順一と言い、アレックス、当時の「鈴木道生(みちお)」がY村分校で学んでいたとき、彼といちばん仲が良かった同級生の一人だった。アレックスは最初、その青年が誰だかわからず、とまどいの表情を顔に浮かべたが、順一が「オレだよ、順一だよ」と言うと、みるみる表情をくずし、満面に笑みが浮かんだ。二人の幼なじみがここで再会を果たした。
   来栖は数ヶ月前、尿路結石で「黄道の会記念病院」に入院したとき、そこで臨床検査技師として勤務していた、Y村分校時代のかつての教え子、大津順一と偶然再会し、今回、当時の「鈴木道生」と特に仲が良かった彼を思い出し、その日のサプライズゲストとして、来栖の家に招くことを思い立ったのであった。
   当然のことながら、大津順一の来訪はコミニュケーションの分断を招いた。アレックスと大津順一の思い出を語り合う世界は他を寄せ付けず、二人だけの空間が生まれた。その場では二人だけが知る思い出話しに花が咲いた。その二人を来栖家の人々はちょっと距離をおいてであったが、暖かく、見守った。
   しかし、いっとき経つと、いったい何が原因なのかわからなかったが、突然アレックスの顔が曇り、言葉を発しなくなった。そして、アレックスが早めのいとまを来栖に告げたのは皆の驚きだった。このことはアレックスと順一の会話の中に何か問題があったのかもしれなかった。
   アレックスが来栖家を出たあと、来栖は順一にそっと尋ねてみた。大津順一はかなり当惑したような表情でこう言った。
「みちおが急に分校時代、自分が誰かの子どもと言われていたような気がするが、誰の子どもと言われていたのか知っているか?ときくので、つい、『気ちがいのよしこ』と言ってしまったのです」
   来栖はその言葉に衝撃を受け、しばしの間、口をぽかんと開けたままであった。かたわらにいた友紀も佳奈も驚いて、顔を見合わせた。
   来栖はそのうわさがどこから来たものであるのか知っているかと順一に尋ねると、順一はひとしきり考え込んだ後、こう言った。
「そのうわさは自分たちは上級生たちから聞いたものです。上級生たちはおそらく・・・・・」
   来栖はアレックスや順一が分校で学んでいたころ、金村勘吉はちょうどY村にはいなくて、彼らの上級生たちが金村勘吉と接触があったことを知っていた。
 順一はいったん言いよどんでから、「がまがえる」とつぶやいた。そのあと、順一は自分はその「がまがえる」を見たことがないし、どんな人であるのか知らない、と言った。
   アレックスがいなくなったので、手持ちぶたさになった大津順一もいとまを告げて、立ち去ると、あとは来栖家の者だけになった。
   来栖が妻の友紀と娘の佳奈にアレックスの印象をたずねると、二人とも異口同音にアレックスの快活で人あたりのよい性格をほめそやした。ただ、佳奈がぽつりと言ったーーアレックスが、欧開明先生の若い頃に似ている、と。黄道の会の会員は佳奈に限らず、黄道の会の機関紙に出る過去の写真やケーブルテレビでたびたび放映される過去の活動の映像から若き日の欧開明の姿のイメージを持っていた。
   アレックスは欧開明の妹の息子なので、アレックスの容貌が欧開明と似ていることはあり得ないことではなかったが、親子関係ではないので、それほど顕著になるとは限らなかった。しかし、佳奈のこの印象は実際に若い頃の欧開明を見たことがある友紀からは聞かれなかった。ただ、アレックスは美形であるとの評価であった。